公演日誌
演出後記
皆さん、お久しぶりです。公演日誌に私が登場するのは一年ぶりと言ったところでしょうか。
2025年度新歓公演の演出をしました、びっがぁです。
たくさんの方にご来場いただき、皆さんと時間を共有できたことを大変嬉しく思います。
少しばかし、自分の話をさせてください。
私、演劇をそれなりに続けてきた人間です。今年で8年目になります。関わってきた公演も25作品以上、演出は今回で6回目です。
数だけは立派に増えてきています。
ですが、まだまだあんよもできません。今公演も、団員に支えられて支えられて、おんぶにだっこでなんとか完走できました。
本当に、仲間たちには感謝しかありません。
ご覧になったお客様にも、大変お世話になりました、演劇は、見てくれる相手がいないと成立しません。
楽しんでいただけましたか?皆様の心のなかに『歌は自由を目指す』の一瞬でも残っていれば、これほど嬉しいことはありません。
ご来場いただきありがとうございました。
突然ですが皆さん、「自由」と聞いて、何を思い浮かべますか?
日々の生活に「自由」を感じることは早々ないと思います。むしろ、縛られている、不便だ、鬱屈している…そんな気持ちのほうが強いのではないでしょうか。
他者と関わる場所に行けば、当然制約がついてきます。本当の意味での「自由」を謳歌できる人なんて一握りでしょう。
でも、少しでも、新しい世界に踏み込んでみたり、挑戦をしてみたときの景色はとっても明るいです。世界はこんなにも広かったのか!そんな気持ちになります。自由は、待っていれば手に入るものではなく、自分で掴みに行くものなのです。
どんなものでも構いません。「自由」を探してみてください。自分の好きを見つけてください。好きと自由は紙一重です。好きの先に、自由は待っているんです。
私にとっては、演劇が好きで、演劇が自由でした。
舞台の上では、何者にでもなれました。どこへでもいけました。何をしても、誰とでも話せました。かけがえのない仲間にも会えました。人生の中で、大切な思い出がどんどん増えました。
私の人生を、より豊かにしてくれました。
演劇は、何も難しいことはありません。
ただ、私達は遊んでいるだけなんです。
遊んで遊んで、お客さんに自分たちの生きた証を、魂の輝きを届けたいんです。
演劇は、この世で最も非効率的な表現媒体だと思っています。
お客さんに直接劇場に来てもらって、長い時間座らせて、目で見て、音で聞いて、何かを受け取っていただく。もしかしたら、何も伝えられないかもしれない。
そんな不安の中で、私達は足掻き続けます。
私達の存在を、遊び場を、いのちの輝きをお届けしたいと思っているから。
もし、少しでも演劇に興味があるという方がいらっしゃったら、ぜひ挑戦してみてください。
私は月光斜の人間ですので、他の劇団をおすすめするようなことはあまりできませんが、どんな形でも構いません。ぜひ、表現の世界に足を踏み入れてください。
演劇は、英語にすると“Play”になります。“Play”には、“遊ぶ”という意味が込められています。
演劇は遊ぶことなんです。私たちと一緒に、舞台の上で、遊びませんか?
また、お会いできることを楽しみにしています。
それでは。
びっがぁ
最後に、こんなやつ
こんにちは。
劇団月光斜所属、今公演は脚本・星・演出を務めさせていただきました右に同じです。
公演が無事終了しまして、物語はきれいなおしまいを迎えたわけですが、もう少しだけ、お付き合いしていただければと思います。
演劇をはじめて、もう2年以上が立ちました。
まだまだおしゃぶりを付けているようなものですが、10代最後~20代まで続けた趣味としては(というか、私が続けている趣味の中では)、かなり長いほうではないかなと思います。
思い返せば、演劇と出会ったのは『パコと魔法の絵本』という映画のなかの劇中劇でした。「劇で人を救えるんだ」と感心した記憶があります。
そこから季節はめぐり、知識と教養を気持ちばかり手に入れて大学というものに通いだしまして、このサークルと出会うこととなりました。
といっても。
最初に入った時は「とりあえず『友達』というやつを作らなければ、大学を辞めてしまいそうだ」くらいのもので。
まさかこんなことになっているとは思ってもいませんでした。
1回生の私に言ってやりたいですね。「2年後に演出っていうのやるから今のうちから勉強しとくんだよ」くらいは。せめて「早寝早起きだけでも身に着けて」だけは。
今更なので、目覚ましを今日も5個セットしているわけです。
よこみちにそれました。今公演の話でもしましょうか。
一年前の冬、引退というものを考えてみたときに「おしまいと始まりのある物語を書いてみよう」と思いました。
冬はおしまいと始まりの季節ですから、センチメンタルな気分になっていたんでしょう。
そして、今までの自分を思い返してみました。
私は2年前と比べても、相も変わらず無知で無力なただの学生です。重ねたのは年齢くらいです。
でも、「どれだけ周囲に支えられてきたのか」ということに気付くことができました。
ここは大きな成長だなと感じています。
そしてここに気付いたからこそ、副座長として公演外でも様々動いてみて、挑戦と失敗と失敗を重ねて、成功することができたのかなと思います。
こうして後輩に囲まれて引退できていますから、成功といっていいでしょう。大成功です。
失敗した分、自前の豆腐メンタルが良い感じに絹ごしになってしまいましたが、これもまた一興。豆腐サラダにします。
そうして豆腐サラダをつくった私は、気付く前と後で全くと言っていいほど違う人間になったのかもしれないと思いました。
「右ちゃん」とか呼ばれていたのが、いつの間にか「右様」だとか「右さん」に変わってしまいましたし。
なので、ベルの呼ばれ方には気を配りました。温泉で働いている女の子と龍のオハナシよろしく、本当の名前というのは大切ですからね。
あと、そうそう。大事な経験がありました。
私がほんとうに楽しく過ごした日々がありました。遠い昔のことです。
それが、どうやら周囲はそうじゃなかったということが、執筆当時になって分かりました。
それはもう、人生において第三位くらいの衝撃です。高校の帰り道に狐と追いかけっこしたときと、高校に孔雀が迷い込んできたとき以来です。
豆腐サラダにあうドレッシングを探していた私は、まさにこれだと思いました。
そうして、あれよあれよとアーモンドフィッシュとか豆苗をのせてみて、この脚本は出来上がりました。
美味しかったでしょうか。
お口に合っていれば幸いです。
少し振り返りましょう。
【豆腐サラダの作り方】
①絹ごし豆腐一丁を用意する
②お好みのドレッシングをかけます
③アーモンドフィッシュと豆苗をかけます
④完成です。
これ以外と美味しいので、是非お試しください。ドレッシングは辛いものがおすすめです。
さて、演出の公演後記にしては、どうしようもない内容でしたが、いかがでしたでしょうか。
これからの月光斜も、その分野において右に出る者がいない人たちが、それぞれの分野で全力を尽くしながら同じ方向を向いて努力する。
そんな素晴らしい団体です。
とても面白い演劇を、エンタメを、私たちに届けてくれます。
おたのしみに。
それでは。左様なら。
おしまい。
花言葉ってとっても素敵ですよね
こんばんは。
この間、自分の誕生花を調べたら「ハゲイトウ」という花が出てきたんですけど、花言葉は「不老不死」でした。咲原麦と申します。
照明班、振付班、そして今公演では演出補助をさせていただいております。
実は私、3回生なんです。つまり、今公演で引退します。寂しいですね。
2023年度夏公演『ビー玉雨と眠たげな夏』から入団し、約2年半、スタッフとしてこの団体にお世話になってきました。
軽い気持ちで入団したこの私が、こんなに長く月光斜と関わることになるなんて、当時は思いもしませんでした。
全部で参加した公演数は10公演。本当にあっという間でした。
舞台照明を考えることが昔からの夢だった私は、この2年半の間、照明班としてたくさん働かせていただきました。
さらに振付班では4回もチーフをさせていただきました。
また、今年に入ってからはWeb班として企画広報に少しだけお邪魔したりもしました。
総じて、スタッフ冥利に尽きる月光斜生活でした。
たくさんの尊敬する先輩の背中を見ながら夢中で追いかけた1年目。
後輩ができて、少しずつ「先輩」という自覚を持ち始めた2年目。
そして現役では最上回生になった今年度。
私は特に大きな役職に就いているわけではないけれど、最上回生として、この団体のために自分に何ができるのかをたくさん考えた1年でした。
正直、この1年でどれほど力になれたのかは分かりませんし、後輩や同期、そして先輩方に助けてもらってばかりだったと感じています。
それでも、自分なりにもがき続けた姿が、少しでも誰かの目に残り、何かの励みになっていれば嬉しい限りです。
さて、しんみりとしてしまいましたが、明日からいよいよ公演が始まるということで、今公演のお話をしたいと思います。
今公演の演出・右に同じ(以下 右ちゃん)は、私と同じく2023年度夏公演から入団した同期です。
右ちゃんは入団当初からデザインや映像制作に関する知識や技術、センスを持っていて、当時右も左もわからなかった私にとっては「同期にすげえやつがおる」と遠くから眺めていた存在でした。
その後、役者として舞台に立ち、企画広報としても力を発揮し、キャリアと信頼を積み重ねている姿を見て、「自分ももっと頑張らなきゃ」と背筋が伸びたのを覚えています。
そんな右ちゃんとも、この団体で2年半を共に過ごし、今ではかけがえのない親友です。
今まで団員としても友達としてもたくさん支えてくれた右ちゃんと、引退公演で演出陣として一緒に公演を作ることができるのが、本当に嬉しいです。
私は今回、主に舞台効果の演出補助として関わらせていただいていますが、脚本をはじめ、舞台効果、企画広報、そして演出に至るまで、作品の隅々に右ちゃんのこだわりが詰まっています。
また、今公演に参加している団員全員が、公演をより良いものにするために準備を重ねてきました。
どうか、21人で創り上げた『ラ・ベル』の世界を存分にお楽しみいただければ幸いです。
そして、今公演をもって我々55期は引退します。
しばらく月光斜の活動から離れるのは寂しい気持ちもありますが、来年から月光斜を引っ張っていく後輩たちに「がんばれ」の気持ちを贈ると同時に、来年の卒業公演で最大限の「ありがとう」を伝えられるように、
それまでに人としてもっと成長して、戻ってきたいと思います。
明日からの公演が、みなさまにとって心に残る時間になりますように。
小ホールでお待ちしております。
写真は北海道旅行に行ったときに撮ったものです📸
ピンクの薔薇の花言葉は、「感謝」「幸福」「思いやり」だそうです。
原体験
どうも!一回生、宣伝美術部・映像班所属の春嶽です。
今公演では夏公演に引き続き、演出補助をさせていただいております。気づけば参加も3公演目、時の流れの早さに恐れ慄く日々です。ちょっとずつ培ってきたものを毎秒100%で出せるよう頑張りつつ、またたまには立ち止まり休んで…と、のびのびさせていただいております。
さて、今回は少し身の上話をば。私の演劇活動の原点について話したいと思います。こういう話は卒団や引退が近づいてからするものでは?それでもやってしまいますよ、それ以外書く話題が見つからないので。
私は実は高校の頃から演劇部に所属させていただいているのですが、とはいえそれまで演劇に特段触れる日常を送ってきたかと言われれば、全くそうではないのです。むしろ逆です。小学生、中学生の頃の私の頭の中には「演劇」の文字なんてえの字も無く、劇団四季や宝塚も名前だけ知っている、という程度でした。
そんな私が演劇に興味を持ったのは、地元の小さな劇団の公演を観に市民センターに行ったことがきっかけでした。なにやら、双子の友人が役者として出るらしい。最初はそうしたちょっとした興味でした。市民センターの小さな舞台に、客席にはずらりと並べられたパイプ椅子。しかし開演のブザーが鳴り上演が始まると、舞台上はみるみるうちにとある一家のお茶の間に変わりました。テンポのいいお芝居、限られたスペースでも存分に使われる舞台構造、そして何より、その世界の中で普段とは違う役として立ち回る友人の姿に、強い憧れを抱いたことを今でも覚えています。私もいつか演劇をやってみたい。その時に芽生えた漠然とした思いが、高校での演劇部入部を後押ししたのだと思います。
と、私のお話はこの辺にいたしまして。
今公演『ラ・ベル』は、55期生の先輩方の引退公演でもあります。
私の中で原体験であるあの舞台のように、誰かの原体験になれる舞台を作りたい。そんな思いで、毎公演全力で準備を重ねています。
かつての私がそうであったように、些細なきっかけで構いません。友人が出るから。友人が見に行くから。チラシを見たから。はたまた、学生会館の前を通りかかったから。
これを読んだあなたもぜひ、足を運んでみていただけると幸いです。
寒いですし、インフルエンザも流行っていますから、暖かくしてお越しくださいね。
劇団員一同、リーフ村でお待ちしております。
ここから
こんにちはTomです。
もう冬公演の時期になりました。
有難いことに参加11公演のうち10公演を役者として出演させていただきまして、2023年夏から今までなんか地味にずっと舞台上居る奴としてやってきたわけでございますが、遂に引退です。
諸先輩方の引退・卒団挨拶時に一歩後ろに下がる度にお客様数名を驚かせ、もはや他団体の方からもう引退や卒団の概念が消えた大学オーバーフロー戦士と勘違いされてきた私ですが、今度こそ引退です。
長いようで短い…いや長かったな。長かった。確かに1回生の頃の公演のことは昨日のことのように思い出せます。しかし思い起こす思い出の数が、たかが3年間の出来事だとは思えないほどに多いです。故に、本当に長い3年間でした。ありがとうございました。
さて、筆も乗ってきたので少し自分語りをさせて下さい。普段あまりこういった話をしないものですから長い上臭くなるとは思いますがご容赦下さい。嫌でしたら飛ばして下さい。
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私は元来、せっかちな人間でありました。プライベートなことに関してはそうでも無いのですが、スポーツだとか、勉強だとか、努力結果の出るものに対してせっかちな性分でした。勉強だとか、筋トレだとか、長い目で見るものが嫌いでした。
生まれつき体格が良く、力も強かったものですから、中学あたりまではなぁなぁである程度有利を取れるスポーツをやっていました。しかし、高校に入るとそうもいかなくなります。小、中学からコツコツと続けてきた人達には、付け焼き刃技術の体格だけの木偶の坊など追い付けなくなりました。せっかちな私は、自分には合わんのだと思い込ませて、スポーツを辞めます。
そこで友人に誘われて入ったのが演劇部でした。無論、発声練習は嫌いでした。ただ友達と巫山戯るためだけに行っていました。舞台に立ち始めたのも、裏方より楽しかったからです。
何年かが経って、ただの遊び半分素人よりマシな人間になった頃、始めたて頃の映像を見直しました。殆ど何も聞こえませんでした。誰よりも、その場の誰よりも声が小さくて、聞き取りづらい自己満足の塊のような演技だったことを覚えています。
また何年か経って、いつの間にか私は楽しいから舞台に立つのでは無く、舞台に立つことしか出来ない男になっていました。役者というポジションにしがみつき続けていました。
また数年過ぎて現在になります。役者というポジションにしがみつき続けていたら、前回公演よりはまだ成長している部分があると分かるようになっていました。まだ不足ではあるものの、声が聞こえないと言われることが無くなりました。いつの間にか発声練習を面倒だと思わなくなりました。裏方についても高校時代よりはまだ分かるようになりました。何年もかけて、本当に微々たるものですが、私は成長したのだと思います。
それでも、大学演劇を観ていると、大学から始めた人達が多く、そしてそのほぼ全員が、大学のうちに今の私の居る場所を超えていきます。
恐らく私には、才能が無いのだと思います。純粋な演技のそれも、努力の才能とやらも無いのだと思います。
すぐに台本読み解いて、感情を入れるなんてことは出来ません。演劇のために四六時中考え続けてインプットもシュミレーションもして、なんてことも出来ません。めっちゃサボります。サボってゲームします。娯楽大好き。
だから私は他の人より遥かに成長が遅いです。月光斜の皆は、どんどん私を置いて進んでいくでしょう。これを自覚した時、本当に辞めようかと迷いました。
だけどもう何も辞めたくなかったので、長い目で見るということをしてみるようにしました。
演劇という、芸歴何十年だのがゴロゴロいる業界で、二十代前半なんて若いにも程があるというわけです。
誰よりも遅くしか成長出来ないから、誰よりも長く成長してやろうと思いました。20代の天才とやり合える80代になってやろうと思います。
頭で考えたばかりなので心身がまだ適応してなくてまだ落ち込むんですけどね。こっから頑張ろうと思います。
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上の内容をギュッとすると、「雨垂れ石を穿つ」とか「石の上にも三年」とか、小学生でも知ってるような一言に纏まるそうです。先人は偉大ですね。馬鹿は要約できないから話が長いと言いますが、馬鹿は要約から読み解くこともできないのでね。もし、私のような馬鹿者がこの先居たなら、これが何かの糧になるように書き連ねました。
そんな、幼少期に気付くべきようなことを20代でようやっと学んだ若造の未だ青臭い引退公演です。良ければご来場下さい。
Tomでした
追伸
なんか、めっちゃ終わりみたいな空気出してますが多分卒戻ってきます。




