公演日誌
管制塔
こんにちは!今公演の演出補助を務めております、夏流日です🙇
もう夏は終わりましたね。昼間の日差しはまだ強いですが、薄着で外に出ると、稽古が終わる夜には涼しくて、体温調節が難しい季節になってきました。
そんな稽古漬けの日々も終わり、いよいよ本番に向けてお客様をお迎えする準備を進める段階に入りました。飛行機で例えるなら、今は離陸のために助走をつけているところ。一番ドキドキする瞬間です。お客様と役者、スタッフが一体となって飛び立ち、無事に着陸できるよう、この一週間で最後の仕上げに全力を注いでまいります!
皆様もどうか体調に気をつけてお過ごしください。また、劇場内は体温調節しやすい服装でいらっしゃると、作品をより快適に楽しんでいただけると思います。それでは、劇場でお待ちしております⭐
最後の瞬間まで
みなさんこんにちは、杏月優香です。
公演日誌を書くのはこれで6回目になります。多分最多じゃないでしょうか。文章書くの苦手なんですけどね。
私の拙い文章に毎度お付き合いいただきありがとうございました。これが最後の公演日誌になります。
卒業公演。
冬公演の時はなかなか引退の実感がわきませんでしたが、全ての物事に「最後」が付く今回は、嫌と言うほど「卒団」の意識があります。
最後はやりたいこと、やり残したこと全部やって卒団する!と意気込んで迎えた今公演、気づけばもう通し週も折り返しを過ぎ、あと3日で稽古も終わり。
もうすぐ「最後」の本番週、小屋入り期間です。
今公演『月を悉す』は、間違いなく私が経験した公演の中で一番の熱量の公演です。
演出が公演始動時に掲げた「まだ見たことのない景色を全員で見よう」のスローガンのもと、みんなで準備を進めています。
我々53期は、コロナ禍での入団でした。
始めての舞台は、カメラとマイクだけの、誰もいない客席に向かって演技をしていました。
1年後、一般来場が可能となり、初めてお客様の前で演技をして、拍手をいただくことができました。
本来あった演劇の姿を見ることができたような気がしました。
最後は満杯の小ホールで、たくさんのお客様に熱を、感動を、届ける。
みんなそれぞれの想いを胸に、今公演を走っています。
10月25日、26日、27日。全5ステージ。
皆さまの心に残る何かがありますように。ご来場を心よりお待ちしております。
この3年半、いろんなことがあって、本当に本当に濃い時間を過ごせました。
1回生の頃の私へ、迷わず月光斜に飛び込んでくれてありがとう。
ここは、私にとって大好きな、かけがえのない場所になりました。
月光斜団員としての期間は、あとほんの少し。
最後の1分、1秒まで、この時間を嚙み締めて卒団したいと思います。
沢山の思い出をありがとう。さようなら。
これからの月光斜、そして関わったすべての人に、幸多からんことを。
杏月優香
月光矢の如し
どうもこんにちは。
稽古以外は大体睡眠、今公演では高山右近を務めます、華那多です。# かなたとよみます
どうぞ、よろしくお願いします。
卒業公演ですね。
今公演をもって日誌を書くのも4回目になりますが、いつも以上に何を書いたらいいのだろうか、と考えあぐねています。
過去の自分は何を書いていたかな、と読み返してみたのですが、去年の冬に、「大切なものはいつも失ってから気づく」的なことを書いてました。かっこつけてますね。
でも本当にその通りで、私はいつも実感が遅れてやってくるタイプです。特に月光斜での活動は、忙殺されて気付けば終わっていた、なんてことがよくあります。
なので今回は、今公演こそは、後悔のないように一日いちにちを大切に噛み締めよう。そんなことを公演のはじめに決意しました。
結果。
気づいたら今日。
公演期間は残り2週間を切り、通し稽古が連日行われ、役者は最後の追い込みに入り、宣美も最後の繁忙期に入り、映像も──。
はい。お察しのとおりです。公演を全力で駆け抜けながら噛み締めるなんて器用な芸当は、私にはできませんでした。なんとも不甲斐ない。
でも、前回の日誌のときと異なるのは、
『卒団する実感がある』
ということです。
会議や稽古前のトレーニング、発声、役者同士のすり合わせ、なんならみんなでご飯を食べて他愛ない雑談をしている時にさえ、ふと
「あぁ、この時間はあと少しで終わってしまうんだな」よぎることがあります。
その度にとてつもなく寂しくなり、涙が出そうになります。でも、それはとても幸せなことだと、そう思います。
これまでの人生で、ここまで想いをかけたことがあったでしょうか?これから先、ここまで想いをかけられるものに出逢えるでしょうか?
そんなことを考えてしまうくらい、月光斜は私の全てです。全て、でした。
先輩。
あなた達に憧れて、追いかけて始まった月光斜人生。よく躓く私に、何度も手を差し伸べてくれてありがとうございました。
後輩。
頼りない先輩でごめんね。隣で一緒に笑ってくれて、背中を押してくれて、ありがとう。
同期。
ここまで一緒に走ってくれて、ありがとう。
歩幅はバラバラだったかもしれないけど、ここぞという時に揃う足並みが、頼もしかった。
あなた達の同期でいられたことを心から誇りに思います。
お客様。
数ある劇団の中から『劇団月光斜』を見つけてくださり、ありがとうございます。私が去った後も、月光斜は続いていきます。願わくば、これからの月光斜もどうぞよろしくお願いします。
そして10月25日、26日、27日。
120分という短い時間ですが、皆さまと同じ時間を過ごせたらと思っています。
小ホールで、お待ちしています。
4年。
これからも続く長い人生の中で、たったの4年。されど、4年。大切な大切な時間でした。
居場所をくれてありがとう。
"華那多"でいさせてくれてありがとう。
さようなら。
華那多
最後の公演日誌のタイトルってみんな何にしてますか?
こんにちは、もしくは初めまして。制作4回生のヘオンと申します。
ううん、正直以前書いてた引退公演の日誌を振り返ってみましたが、なんか「卒公に戻ってこれないかも~」とか言いながら長い文章で色々書いていたのでもう何を話せばいいのかわからなくなりました。あとのことちゃんと考えようね。
とりあえず話を進めると、いや、いよいよ卒団が目の前まで来てしまいましたね。完全な終わり、FINAL、끝、などなど。
少し個人の話にはなりますが、私は中学の時代から芝居に触れ、高校、大学に至るまでストレートで芝居を続けている身です。2014年の夏から2024年の秋まで、2年間のブランクはあったものの約8年。どこかで役者と名乗るには恥ずかしい実力・期間には間違いないでしょうが、にしても私が注いできた時間は決して短い期間ではありませんね。しかも外国まで来て芝居をやっているとは、人生をかけて好きだったよ!と言えるのではないでしょうか。なので今公演は私と劇団の別れ話でもありますが、それ以前にこの8年、もっと言えば芝居との終止符でもあります。残念ながら今後役者としての道は歩めないことになったので、ですね。
物心ついた頃からずっと芝居をしていたため、芝居がない人生のことをあまり考えたことがありません。想像しづらいですね。多分、新しい夢が見つかるまではきっと退屈な人生になると思います。自分の身と時間と心を捧げてまで愛してたものとのさよなら。悲しいとか心配とか何も当てはまらないなんとも言えない感情でありますが、一つ言えるのは終わりは迫っているということですね。なんと残酷だ。
だからこそもっと後悔のないものにしたい!というのが今公演と向き合う私の気持ちです。新しく一歩踏み出さなきゃいけない私にとって今公演を最高の記憶、そして前に進める原動力としたいです。そして見てくれる誰かにとってもそんな舞台にしたい、と勝手に思っております。
さっきから自分の話ばかりで、劇団のことは何も言ってませんね笑。正直劇団に対することは前回の日誌で全部書いちゃったところもあるので、あまり書くことがないですね。そんなに心配してた後輩たちは立派に成長して、今は学ぶところしかないし、新入生だって個性豊かですごい子ばかりで、活動する毎日が楽しいです。
そんな中で気になるのはやはり団体にとっての「自分」ですね。話を聞けるいい後輩であったが、一緒に頑張れるいい仲間であったか、頼りになるいい先輩であったかなどなど、考えてみればそんな人にはなれずご迷惑ばかりかけていました。
まだ未熟で限りなく弱い人間の私の可能性を信じ、意味を与えてくれた人々と団体にただ感謝するだけです。私の人生の1ページはこの団体で埋められていて、ここでの記憶を忘れることは決してないです。素晴らしい人たちと出会い、勝手に素敵な夢を見ました。本当に本当にありがとうございました。
月光斜の、役者のヘオンの人生はここで終わりです。もしかしたら他のところでまた出会えるんですかね。わからないし、そうなったら嬉しいだろうけど、一旦この物語はここで終わせます。私と関わってくださった皆様に感謝いたします。私たちの出会いが素敵なものであったと言えるように、最後まで走り抜けます。一緒に最高のお別れに向かいましょう。それでは 안녕히!
これまで出会った中で最高の仲間たち。時間と世代を経ているので、この写真に映っていない人もたくさんいますが、どんな人も忘れないようにしたいです。’모두 사랑해!’
まさか、まさかこんな所で
始めまして、そしてさようなら
公演日誌を書くのはこれで4回目になります。
入団のきっかけは高校の友達が演劇部に入っていて、勧められたのが始まりでした。なので周りの様に演劇に対して特別高いモチベーションがあった訳ではありませんが、結果的に大学生活の大半を費やしました。
あまり団体で一つの目標に向かうという経験が無くて正直今でも慣れない事はあります。それでも、やっぱり楽しかったな。これから先の人生で同じように大人数で何かを作る事が有るかは分からないので、1ヶ月も無い残りの時間を精一杯に生きようと思います。
最後に僕自身、役者の経験が多い訳では無いので『如月雪ノ』の名前を認知している人は多くないかもしれません。ですが、自分が携わった物が誰かの心に残り続けている事が、僕がこの団体に居た意味だったと思います。