公演日誌
疾風舞★Ⅳ
おはようございます。
久しぶりですね、宣伝美術部の疾風舞★Ⅳです。
この日誌を読んでいただきありがとうございます。
卒業公演の日誌ということで、少しお付き合いください。
何も知らない演劇の世界に足を踏み入れ、がむしゃらに公演を走り続けていると気づけば自分の卒団が目前に迫っていました。そしてこの日誌を書いている今も、静かにその時は迫ってきています。
でも自覚はありました。残りの参加できる公演を数えては「これができるのは最後かもしれない」と自分に言い聞かせてきましたし、その瞬間を噛み締めてきたつもりです。
それでも、もっとこの団体にいたいという気持ちは、言ってもいいでしょう?
『人間探偵カイ』の時の日誌にも書きましたが、私は「終わり」という言葉が嫌いです。楽しいことも、美しいことも、なにもかも「終わり」があります。どうあがいても覆すことはできない決定事項です。私は今その淵に立ち、もう後戻りできないところにいるわけですから、言わせてください。
私は月光斜が大好きだ。
だからこそ、できることならもっと、仲間と共に、ここにいたかった。
ふむ、すっきりしましたね。私は想いを言葉にするのが苦手なので、こういう文面のほうが素直になれます。でね、「もう後戻りできない」わけなので、過去や決定事項を受け入れ、今できることを頑張るしかないと思うんです。月光斜はコンティニューができないので、ゲームオーバーではなくハッピーエンドを迎えられるように残された時間を楽しむしかないんですよ。うん。
今、私は滅茶苦茶楽しんでいます。出来る限りの全力で、でもたまにサボって。最後ですから、最高の舞台をと思っています。もちろん過去公演も精一杯やってきました。先輩の背中や後輩の姿を見て、自分に活かせそうなことは盗み、初心者なりに自分の表現を考えてきました。今の私があるのは、支えてくれた月光斜の仲間と、家族と、お客様のおかげです。本当に、本当に、ありがとうございました。
そして、演劇を観ることはあっても、舞台に立つことはもうないと思います。
「疾風舞★Ⅳ」、この名前も先輩から受け継いだものです。
結構愛着が湧いていますし、誇りに思っています。
でも、それを名乗るのも今公演で最後。
疾風舞★Ⅳは、ここで消えてなくなります。
「終わり」がくれば次の「始まり」がある。
次の始まりまであと少し。
疾風舞★Ⅳの「終わり」を見届けてください。
「音と印象」
こんにちは。しきです。自分について話すことはあまりないので、音について思ったことを書きたいと思います。
引退してから様々な作品を見る中で音響効果のできること、やるべきこと、月光斜の音響について考えることが多くなりました。
以前とっていた音楽の授業で、「悲しい音楽の何が悲しいのか」という話を聞いたことがあります。それによると、悲しいと感じられるような音の特徴や並び方があり、それによって私たちは悲しさを知覚するという説があるそうです。しかし、多くの人にとって楽しい特徴を持つ音楽でもたまたま悲しみを感じていた時に聞いた音楽ならその人にとっては悲しい音楽になり、悲しいと感じる特徴を持たなくても悲しいとされる行事に使われる音楽はその文化圏内では悲しみを想起させることもあります。不思議ですよね。
音響効果は、そうした音の特徴を活かして補助をする仕事だと思います。
音楽や効果音を流すことで場面の雰囲気や登場人物の感情を補える一方、あえて音を流さないことで役者の演技から観客自身が想像して感じる余白が生まれる場合もあります。
月光斜はエンタメ性の高い作品を上演する機会が多いこともあってBGMや効果音を比較的たくさん使う傾向にあります。私はそれが好きなのですが、だからこそ月光斜で音響を考えていく上で、どのように音を流していくことが作品に合っているのか悩むこともあります。今回の公演でも、音響効果班のメンバーたちと一緒に音を通して場面の雰囲気を補い、作品の世界を自然に感じてもらえるよう考えてきました。
私は今回音響オペレーターをさせていただいています。公演で流す音や機材を一緒に準備してきた音響効果班はもちろんですが、公演を作るみんなの伝えたいものが伝わるよう、最後まで仕事を頑張っていきます。OPダンスの時だけは多分にこにこしてしまう気がしますが許してください。
X投稿の画像は上賀茂神社の夏限定風鈴です。風が吹くたびに静寂から一気に風鈴の音が響き渡って、他の場所で聴くより清らかで神聖な感じがしました。
さようなら
一島頃莉
皆さま、お久しぶりです、頃莉です。今公演では一島頃莉という芸名にしております。
久々、といっても前回公演『袖に余る想い』の脚本を書いたので僕的にはそこまで久々というような感覚ではありません。しかし頭はすっかり月光斜から離れてしまっているようで、会議のタイミングや衣装作成の感覚、夜中まで学校にいる違和感など、「あ、忘れてる」と思うことがとても多くありました。あれほど生活の一部だったのに、半年ほど離れただけですっぽりと抜け落ちてしまうとは。まあ、僕の頭はその程度ということなのでしょう。
さて、今公演を持ちまして僕は卒業ということになるのですが、実際そのような実感があるのかと言われるとそうではありません。というのも大学院に進学するので、卒業です!と言われても、「まあ、まだいるんですけれども……」と思ってしまいうまく感情が出てきません。少なくとも5年以上はまだ大学にいるため、今後の月光斜を見守る長老枠にいようと考えています。丁度いい具合に脚本を何度か書いているので、アーカイブ見て……といえば多少は覚えてもらえるかもしれません。
思い返してみると、僕はこの団体ではなにもできていないような気がしてなりません。衣装をたくさん作ったり、脚本を三本担当したりしましたが、どうも他の団員たちがよっぽどすごいことをしていると思えてなりません。ただ、周りの人たちは僕に向かって、「ようやっとる(意訳)」と言ってくれます。価値は他人が決めてくれるものなので、他の人がすごいと言ってくれる限り、僕はどこかで「すごい人」でいられるのかな、と思っております。
この大学生活、本当に好きな事だけをさせていただきました。好きに脚本を書き、小説を書き、好きな古典文学を読んで、好きなように研究をする。僕は今後も大学院で好きな研究をして生きていくのですが、何の柵もなく楽しめたのは、この月光斜が最後だろう思っています。この記憶を胸に、明日からも精一杯生きていきます。またどこかで、会えたら会いましょう。
次代
こんにちは今公演演出兼兼盛王役を務めておりますTomです。
新入団員が入ってきて、もう夏公演の本番です。早いですね。自分が入ったのもまだ記憶に新しいというのに、56期、57期と来ました。もう私の関われる最後の夏公演です。来年の夏ではもう公演を観に行くことしか出来ないのだと思うと少し寂しいですね。
さて、今回私は初めて演出を務めさせていただいたわけですが、この立場に立って初めて、見えてくるものがあります。
団員それぞれの努力と成長です。今まで分からなかったわけでは無いのですが、今までより遥かに明確に分かるようになります。その一つ一つに笑みが止まらなくなります。もう引退も近い。
さて、私についての話はそろそろ終わりますか。団員達についてです。
今の子達は停滞を知りません。1公演1公演で何かしら成長し続けています。そしてそれは無論新入団員にも言えることです。この環境に慣れるだけでなく、吸収しようとしている。末恐ろしい限りです。全員眩しくて仕方ありませんね。
これまで駆け抜けてきたの彼らの努力を、是非観て欲しいと思います。
Tomでした。
幸せもの、のやつ。
今公演は宣伝美術部チーフ、Web班チーフ、演補をしております。
チーフとは名ばかりな右に同じです。
演補という立場ですので、短く後輩たちのことを話そうかなと思います。あと少し自分の話も。
右に同じという人間は、名前の通り考えることが苦手ですし、人についてまわることしか能がない人間でした。
そんな右に同じ(1回生)に、先輩方はたくさんの言葉をかけてくださいました。
まぁ沢山ありますが、私独占とさせていただきましょう。
その言葉ひとつひとつを糧に、今日も演劇に関わっています。
さて、ギリギリ「少し」に収まった私の話はこれで終わりです。
後輩たちのことを話しましょう。
後輩たち、すごく頑張っています。
同時に、大変な場面に直面しているんだな、と感じるところが増えてきました。
慣れない作業や、立場が変わって新しくみえてきたものに戸惑って気後れすることもあるみたいです。
自分のやりたいことを月光斜でやるにはどうすればいいか、どうすれば良かったのか、それに苦悩することもあるみたいです。
それでも前を向いています。
すごいエネルギーだな、と素直に感動します。あとちょっと羨ましいです。若い。
私にできることなんて、私はその姿を眺めて、私の立場から徐々に追い出されるのを感じながらニコニコしてジュースをすするくらいです。
(写真は旅行先で頼んで美味しかった、みかんジュース3種類飲み比べの真ん中です。品種は忘れました。)
なんて幸せなことでしょうか。相葉や、追加のみかんはまだかの。
後輩の晴れ舞台です。是非見に来てあげて欲しいです。
次の公演日誌はやっとおでまし、あのお方です。
是非ごらんください。
ではでは。